舊暦

舊暦とは

現在の日本で「舊暦」と呼んでゐるものは、太陽太陰暦、その中でも江戸時代末期から使はれ始めた「天保暦」(に基づき少し改變した物)のことです。太陽太陰暦は、太陽と月の両方の動きを元にしてゐます。

太陽の動きは季節の變化にリンクし、「1箇年」を規定します。

月の動きは、月の滿ち缺けや潮の滿ち引きにリンクし、「1箇月」を規定します。

舊暦の求め方(本来)

まづ、朔(新月)の瞬間を含む日を「朔日」とし、次の朔日の前日までの期間を「1箇月」とします。

月の公轉周期(朔望月)は29.53日で、これを12囘繰返すと354.36日となり、地球の公轉周期(太陽年)365.2422日に10.88日ほど足りません。この儘にしておくと、暦と實際の季節とがだんだん掛け離れて行きます。イスラム暦はほぼ純粹な太陰暦なので、實際にずれてゐます。

このずれが3年で30日程になるので、太陽太陰暦では3年に1度(正確には19年に7度)餘分な1箇月「閏月」を入れて太陽の動きとの同期を取ることにしました。

閏月を入れる目安とするために、「二十四節氣」が考へ出されました。二十四節氣は太陽の動きのみを元にしてゐるので、二十四節氣と月の動きによる暦とが大きくずれれば、そこに閏月を入れて調節すれば良いことになります。

二十四節氣は「節氣」と「中氣」に分けられます。太陽黄經が30で割切れるものを「中氣」、それ以外のものを「節氣」と謂ひます。節氣と節氣の間を「節月」と謂ひ、立春からの1箇月を節月の1月、啓蟄からの1箇月を節月の2月とします。即ち、節月は太陽の動きだけを元にした純粹な太陽暦と言ヘます。

節月は朔望月よりも長いので、どこかで中氣の入らない朔望月が出てきます。そこで、この中氣の入らない月を「閏月」とします。

具體的には、以下のやうに月の名前を決めて、これに當て嵌らない(即ち中氣がない)月を閏月とし、前月の名前に「閏」を付けて、例へば「閏5月」のやうに呼ぶことにしました。天保暦より以前は。

雨水を含む月…1月  處暑を含む月…7月
春分    …2月  秋分    …8月
穀雨    …3月  霜降    …9月
小滿    …4月  小雪    …10月
夏至    …5月  冬至    …11月
大暑    …6月  大寒    …12月

舊暦の求め方(天保暦)

これまでの説明での二十四節氣は、天球上を一定の速度で動く假想の太陽(平均太陽)を考へ、その動きを元にして計算してゐました。しかし、地球の軌道は圓ではなく楕圓であるため、天球上での實際の太陽(視太陽)の動きは、地球が太陽に近くなる冬には速く、遠くなる夏には遲くなります。

そこで天保暦では、視太陽の動きを元に二十四節氣を求めることにしました。

ここで問題が發生します。太陽の速度が季節によつて變ると云ふことは、節月の長さが季節により變動することになります。その爲、節月が短くなる冬には、1朔望月に2つの中氣が入る場合があり、逆に節月が長くなる夏には、本来は閏月を入れる必要がないのに中氣が含まれなくなる月が發生する場合があります。

そこで、それまでの中氣と月名の關係を少し緩和することにしました。

春分を含む月…2月  秋分を含む月…8月
夏至    …5月  冬至    …11月

上記のやうに4つだけにして、その間の月で調節することにし、これでなんとかうまくいくやうになりました。めでたしめでたし。

とは行かないのです。この方法でやつていくと、2033年にとんでもないことが起こるのです。

天保暦の問題點

2033年の朔と中氣は以下のやうになります。「朔」は新月の日附で、この日から舊暦の月が始まります。この朔日と次の朔日の前日の間に中氣がなければ、その月は閏月となります(下の例では閏7月)。

朔     中氣         舊暦
05/28  06/21(夏至)    5月(定義)
06/27  07/22(大暑)    6月
07/26  08/23(處暑)    7月
08/25  (中氣なし)   閏7月
09/23  09/23(秋分)    8月(定義)
10/23  10/23(霜降)    9月?
11/22  11/22(小雪)    11月(定義)
       12/21(冬至)
12/22

09/23から始まる月は秋分を含むので8月となります。朔と中氣が同じ日(實際には中氣の時刻の方が朔よりも早い)になつてゐますが、「1箇月は朔の瞬間を含む日からはじまる」と云ふ定義ですので、秋分は09/23からの月に含まれます。同様に、11/22からの月は冬至を含むので11月となります。その間の10/23からの月は8月の次なので9月、と云ふことで、10月が消えてしまひます。

こんなことになつたのは、天保暦が視太陽の動きに無理に合はせた爲です。平均太陽を元にしてゐれば、以下のやうになつて、何の問題も起りません。

朔    中氣          舊暦
05/28  06/22(夏至)    5月(定義)
06/27  07/22(大暑)    6月(定義)
07/26  08/22(處暑)    7月(定義)
08/25  09/21(秋分)    8月(定義)
09/23  10/22(霜降)    9月(定義)
10/23  11/21(小雪)    10月(定義)
11/22  12/21(冬至)    11月(定義)
12/22

太陽太陰暦に二十四節氣を導入したのは、暦と太陽の運行とのずれを檢出する「目安」とする爲でした。その二十四節氣の爲に暦がをかしくなると云ふのでは、本末顛倒でせう。よつて、舊暦計算に使用する二十四節氣は、天保暦よりも前の暦法のやうに平均太陽によるものにするべきです。

現在の舊暦

現在の舊暦は、「天保暦」を元にしてゐますが、天保暦とは少し異なります。

中氣・朔の日時を計算する方法の違ひ
江戸時代までは、經驗的に知られてゐた定數や周期に基づいて中氣・朔の日時が計算されてゐました。現在では天文力學に基づく式で計算されてゐます。
時刻法の違ひ
江戸時代の天保暦では、京都に於ける眞太陽時によつて暦を計算してゐました。現在の舊暦では、日本標準時(東經135度に於ける平均太陽時とほぼ同じ)を使用してゐます。

よつて、江戸時代の天保暦によつて計算した日附と現在の舊暦とでは、日が1日前後したり、月名が變はつたりする場合があります。

だからと言つて、現在の舊暦が出鱈目だと云ふ譯ではありません。太陽太陰暦は過去に何度か改暦が行はれてゐます。よつて、現在の舊暦も、天保暦を元に更に改暦した物と考へれば良いのだと思ひます。

この文書について

富山いづみ <admin@nnh.to>